DJをしている最中のJoe Claussellは、ときに音楽に取り憑かれているように見える。姿勢を低くしたと思ったら、突然直立したり。肘をあちらこちらに振り回したり。頭を横に振りながら顔をしかめたり。激しいソロ演奏をするミュージシャンのようである。Claussellのそういった動作はすべてロータリー・ミキサーの操作と密接に繋がっている。彼はミキサーいじりをパフォーマンスの一環にしており、特定の周波数帯域をカットして、ドラマチックな展開づくりやリフの強調を行う。EQのツマミをすばやく動かしてトレモロ・エフェクトを再現したり、ボリュームのツマミで曲をぶった切ってドラム・パターンを変えたりしてしまう。

Claussellのようにロータリー・ミキサーを扱えるDJは少ない。むしろ多くのDJにとっては、ロータリー・ミキサーは扱いづらい機材と言えるだろう。特にスクラッチやクイックミックスをするDJには合わないミキサーだ。しかしそれでも、ロータリー・ミキサーは今も根強いカルト的人気を誇る。Motor City Drum Ensemble、Hunee、DJ Harvey、Sassy Jなど、ロータリーを使うことで知られるDJたちもいる。そしてJaeger、Robert Johnsonやfabricなど、DJブースにロータリーが標準装備されているクラブもあるのだ。

ロータリーの魅力は謎が多い。そもそもロータリー・ミキサーとは、フェーダーではなくツマミを使って音を操るタイプのミキサーである。ギミックやエフェクトを搭載したモデルはあまりなく、大半は高級な部品を使って高音質を約束するが、値段は高い。しかしながら、ロータリーを使えば絶対に音質が向上するというわけではないし、そもそもツマミを使って音を操ることが最善のやり方かというと、そうでもない。とはいえヴィンテージ・モデルのロータリーはDJカルチャーにおいて伝説化している。そしてARS MODEL 6700といった最近のロータリー・ミキサーは、現在市場に出ているミキサーの中でもトップレベルの音質を実現している。

ロータリー・ミキサーが好まれる理由は、実用的な面だけでなく文化的な側面が大きい。DJカルチャーの黎明期に使用されていたミキサーがロータリーであった。最初にクラブ仕様のミキサーとして登場したBozak CMA-10-2DLとUREI 1620は、両方ともロータリーである。職人の手仕事によるこれらのミキサーは重たく、値が張るが、パワフルであり、最高品質の部品が使われていたため出音は素晴らしかった。Studio 54やParadise Garageといった伝説的なクラブでこれらのミキサーが導入された。そういった背景があり、今でもロータリー・ミキサーはダンスミュージック界の伝統主義者たちに本物のミキサーとして愛されているのだ。

Top: Larry Levan, Paradise Garage, 1979. Bottom: Junior Vasquez, Tunnel Club, 1995

ディスコの黄金期が過ぎると、クラブではロータリー・ミキサーが珍しくなり、より安価で、より柔軟とも言えるフェーダー式のミキサーが増えていった。その流れのきっかけとなったのは、1977年リリースのGLI PMX 7000であった。片手ですばやく2枚のレコードの間を行き来できるクロスフェーダーを搭載していたこのモデルは、ヒップホップDJたちの間で普及し、DJ界を劇的に変えた。そして徐々に、ロータリーはオーディオマニアと音楽史オタクたちしか興味を持たない過去の遺物になっていった。それでもヴィンテージ・モデルを使い続けるDJたちはいたが、ヴィンテージ・カーを所有する車マニアたちと同様に、状態の維持には努力が伴った。

しかしながら近年、ロータリー・ミキサーのリバイバルが起きている。先導しているのは、フランスのオーディオ会社E&S。同社は2010年にDJバッグに入れてクラブに持ち込める小型ロータリーのDJR400をリリースし注目を集めた。この商品は、DJ DeepことCyril Etienneが思いついたアイディアが基になっている。「2000年代前半にUREIを購入して、夢中になったんだ」とEtienneは言う。「2003年にUREIにちょっとしたトラブルがあって、修理したいと思っていた。そしてヴィンテージ機材の修復で知られるエンジニアのJérome Barbéと出会った。Barbéはハウスやテクノとか、DJに関しては疎かった。色々話をしていくうちに、UREIを基に新しいモデルを作るアイディアが俺たちの間で生まれた」

BarbéとEtienneが作った試作品はその後DJR400として製品化された。その音は素晴らしく、ÂmeのFrank Wiedemann、Kerri ChandlerやDanny Krivitらがその音質を大絶賛した。このミキサーは、愛され続ける70年代のロータリー・ミキサーの「感覚」を再現することに成功していた。

「ロータリーだとふたつのツマミを回すわけだけど、やはり流れの感覚が違うし、繋ぎはなめらかになりやすい」と、1985年からロータリー・ミキサーを使ってきたLouie Vegaは言う。DJ Deepはこう説明する。「UREIやE&Sを使うと、曲を繋ぐ感覚がとてもスムーズになる。2つのチャンネル間の音のバランスが保たれているから繋げるときにEQをいじる必要がないんだ。繋ぎが、なんというか肉体的に感じられるんだ。曲の一部を強調させて自分らしさを出せる。だからそう、自己表現ができる楽器になるんだ」

DJR400にはひとつ目を引く特徴があった。アイソレーターが内蔵されていたことだ。通常、アイソレーターは大型のミキサーについていたり、または別の機材として接続することが多い。「特定の周波数帯域を完全にカットしてしまうことができるんだ」とLouie Vegaは言う。「その場で、曲のアカペラをかけているかのように聴かせることだってできる」。アイソレーターを使うと、DJはミキサーのマスターチャンネルから出ている音を細かく調整することが可能になる。手慣れた人であれば、出音をさらに良くすることだってできるのだ。「アイソレーターは使ってて楽しいだけじゃなくて、EQではできない音の操作ができるのが良い」と、ロンドン拠点のDJでありロータリー好きのMafaldaは言う。

アイソレーターやロータリーはときに宗教的な口調で語られることもあるが、機材としての特徴は単純だ。アイソレーターの音の特徴は、EQよりも広い周波数帯域に影響を与えることができることから説明がつく。平均的なDJミキサーのEQのローは10から100hzをカットすることができるのに対して、アイソレーターによっては300hzまでカットできる（自分でリミットを設定することができるアイソレーターもある）。広い周波数帯域をカットしたり増加したほうが人の耳には自然に聴こえるため、カット帯域が比較的狭いEQよりもアイソレーターの音のほうがナチュラルに聴こえるのだと、アイソレーター愛好家やエンジニアは説明する。

もうひとつ、音の特徴に影響を与えているのが、音を作るフィルターのスロープだ。アイソレーターのスロープは緩やかであり通過する信号が多いため、スムーズでオープンな音になる。なので、高品質な部品がロータリーらしい音を生成する一方で、アイソレーターの特徴もその出音に大きく影響を与えるのだ。

しかし、アイソレーターは使い方を間違えやすい機材だ。「アイソレーターはより大胆にEQコントロールができる、上級者向けのツールだ」とSound ServicesのRich Cufleyは言う。「E&SをFloating Pointsに渡せば楽器になる。しかし多くのDJはEQの使い方を勘違いしてる。これは引き算の美学なんだ。いらないものを取り除くためだけにEQ操作をするべきで、何かを増加すると不快なものになったりする」。EQをいじりすぎるとプレイの流れを壊してしまうという意見も多い。ClaussellやTheo Parrishといったベテランでさえも、ときにアイソレーターを過剰に使ってしまうことはあるものだ。

DJR400は新しいロータリー・ファンを増やしたが、どちらかというとニッチな商品であった。「2003年のヨーロッパでは、ロータリー・ミキサーに着目していた人なんてあまりいなかった」とDJ Deepは言う。「何人かの友達を除いて、ヨーロッパで興味を持っている人は少なかった。興味を持つ人は大半がアメリカ人だった。試作品のDJR100をバッグにいれてギグに行ってたときのことを覚えているよ。それを見ると、たいていの人は懐疑的だった。だから定着するのに長い時間がかかったんだ。2003年から2013年までの10年ぐらいかかったよ」

2015年は転機となった。新しいロータリー・ミキサーが続々と登場してきたのだ。その多くはDJR400の特徴を踏襲していた。Rane、MasterSounds、Condesa、Bozak、ARSといったメーカーがこぞってアイソレーター内蔵の卓上ミキサーをリリースした。そしてIsoneのFPやARS 6700など、大型のロータリー・ミキサーも登場した。真鍮無垢のカスタム・モデルが出て話題をかっさらったりもした。Omnitronic TRM202MK3など廉価版も登場し、ロータリーを所有することが多くの人にとって現実的になった。その結果、ロータリーはこれまで以上にDJカルチャーにおいて存在感を放つ機材となった。

音の良さはロータリーが愛され続けている理由のひとつだが、その良い音を実現するのは実は単純なことではない。どんなミキサーも単体で良い音を出すことができるわけではない。音の良いレコードと、しっかりと調節されたターンテーブルと、完璧に設置されたサウンドシステムの組み合わせが必要不可欠だ。おそらく誰よりもDJカルチャーにおける音質の向上を促進させたDJであるDavid Mancusoは、ミキサーを一切使わなかった。彼はRBMAのインタビューでこう語っていた。「使う機材が少なければ少ないほど、音の透明度が高い。オーディオ機材はどんなにハイエンドでも音に色を加えてしまう。だから必要最低限しか使わないんだ」。最高級の音を出すためには、ミキサー自体を取り除くべきなのかもしれない。

そして平均的なDJがロータリーを使ったとたん、非凡なDJに早変わりするわけではない。そもそも、ただ曲を繋ぐためのツールを探しているだけなら、フェーダー・ミキサーやデジタル・コントローラーなどもっとコスパの良い機材はある。しかしレトロ志向なDJにとってはロータリーに勝るものはない。そして一度ロータリー派になると、布教活動に熱心になる人が多い。Louie Vegaが世界中を専属のサウンド・エンジニアと飛び回り、毎回ギグの前に自分用のブースを設置させていることがその最たる例だろう。

「Louie VegaやJoe ClaussellといったDJたちを何度も何度も聴いて、コントロールの仕方が完璧で、ミックスがとてもスムーズだなと毎回驚かされた」とDJ Deepは言う。「それはフェーダーのミキサーを使っても真似できなかったが、UREIを手に入れたらできたんだ。それで大好きになった。ロータリーはDJを良くも悪くもしない。ただ、最高なツールなだけさ」

Isonoe 420 DJ mixer, Giant Steps, London